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DV等支援措置の闇 ── 加害者にされた被害者

会いたい

隠された住所

「交付できません」
窓口の職員にそう言われたとき、
彼は耳を疑いました。
「どういう意味ですか。
私は親権者です。
子どもの法定代理人です」

職員は困ったように視線をそらし、
「お答えできません」と繰り返しました。

そのとき、彼は理解しました。
「…自分は今、加害者として扱われている」

何気ない幸せがそこにあった

初夏の朝8時半。幼稚園へ向かう坂道で、
自転車の後ろに乗った息子が聞きました。

「パパ、今日のお弁当なあに?」
「ハンバーグだよ」
「やったー!」

――けれど今、あの朝の風の匂いも、
無邪気な息子の声も、
記憶の奥へとかすんでいきます。

雄一さん(仮名・40代)は
東京都内で暮らす会社員。
家事も育児も楽しんで出来る父親です。

息子が赤ん坊の頃、
調理師免許を持つ彼は、
ほうれん草、人参、かぼちゃ、
いろんな食材をペーストにするなどして
離乳食も作っていました。

妻も会社員として働いていましたが、
どういうわけか、
子どもの食事を作ることは
一度もありませんでした。

家計のやりくりも、
全て彼の収入と貯金で
賄っていました。

それでも雄一さんはこう言います。
「家族として、親として、
当たり前のことをしていただけです」

家族のかたちが崩れ始めた夜

2022年夏の夜。
子どもたちが寝静まったあと、
妻が急に切り出します。

「もう無理、離婚したいの」
「どうして急に?何が無理なの?」

理由を聞いても答えない妻に
彼は納得できませんでしたが、
数日間の話し合いの末、
「平日は妻が、週末は雄一さんが子をみる」
という形でいったん合意しました。

「大変だけど、子どもたちのために協力しよう」
そう約束したはずでした。

ところが、
話し合いから数日後、事件は起きます。

子どもたちが突然消えた日

その日、仕事を終えて帰宅すると、
家の中に人の気配はありませんでした。
子どもの服、おもちゃ、歯ブラシ、家電…
いろんなものが消えていました。

「何が起きたのか分からず、動悸がして、
足の震えが止まりませんでした」

テーブルには置手紙。
「しばらく時間が欲しい。
今後はこちらの弁護士に連絡してください」
そこには、電話番号が書かれていました。

彼は混乱の中で
何度も電話をかけましたが、
呼び出し音が鳴るだけで、
応答はありません。

不安が膨らみ、
「とにかく子どもが心配だ」と
110番通報をしました。

やがて駆けつけたのは、世田谷警察署、
生活安全課の中年警察官。
酔っているような口ぶりで、
「どうした?」
「奥さんとけんかした?」
「あー、喧嘩しちゃったかー」
「弁護士さんと連絡しなよ」
と言うだけで、
あっさり帰っていきました。

「子どもがどこにいるか
だけでも確認してください!」
と訴えますが、
まともに取り合ってくれませんでした。

その夜、彼は一睡もできませんでした。

孤独な闘いの始まり

翌朝、電話が折り返しかかってきます。
「〇〇法律事務所です。依頼を受けました」
「…依頼?何の?」
「離婚関係です」
「危険があるため奥さんは避難しました」
そう一方的に告げられ、
電話は切られました。

雄一さんは自身も弁護士を
立てないといけないと思い、
弁護士探しを始めました。

同時に、子どもたちの居場所を
確かめようと動きました。

戸籍関係の書類を確認できれば
居場所が分かるかもしれない。
そう思い、役所の窓口を訪れます。

しかし窓口の職員は
申請書を見るなり奥へ行き、
ヒソヒソと相談をします。

戻ってくるとこう言いました。
「あなたの住所は出せますが、
奥さんやお子さんのものは出せません」

「私は親権者ですよ。
子どもの法定代理人です」
職員は困ったように視線をそらし、
「お出しできません」と繰り返しました。

そのとき、彼は悟ります。
自分は“加害者”として扱われているのだと。
何もしていないのに、
子どもの所在を尋ねることすら許されない。

雄一さんは役所に向かう前の調べで、
「DV等支援措置」という
制度の存在を知りました。

DV等支援措置とは、
配偶者や恋人などからの
暴力被害を受けたとされる人が、
住民票などの閲覧や住所の開示を
制限できる制度です。

申出が受理されると、
“加害者とされた側”は
相手の転居先や子どもの居場所を
知ることができなくなります。

住民基本台帳事務におけるDV等支援措置について:総務省ホームページより抜粋

そして雄一さんが調べを進めるうち、
衝撃の事実が明らかになります。

家に残された妻のメモには、
数か月前からの子供の連れ去り計画、
そして、他の男性と暮らす
予定があること…。

「あの日々の笑顔は、何だったんだろう」
彼は、信じていたすべてが
揺らぐような感覚に襲われました。

制度の悪用と被害者

裁判の中で妻側の両親が
「子の監護者として相応しいのは雄一さんだ」
と証言しました。

するとその後、妻は自分の両親にまで
DV等支援措置をかけました。
妻の両親は遠方に住んでいて、
年に一回の帰省時に
顔を合わせる関係性だったため、
DVや虐待しようがありません。

しかし、”申請者の言い分が全て”
である運用においては、
こうした破綻しているように
思われる内容の申請が
受理されてしまいます。

遠方に住む親まで
「加害者」にしてしまえる。
これを知った時、雄一さんは
制度の問題を確信しました。

「本当に危険な状況にある人を
守る仕組みは必要です」
彼は、そう前置きしたうえで続けます。

「でも今の制度には、致命的な欠陥がある。
申立てた側の主張だけで、
調査もないまま措置が実行される」
「緊急避難として逃がすこと
それ自体は理解できます。
でも、虚偽の申告でも、誤解でも、
訂正される仕組みがない」

雄一さんが調べた限り、
DV等支援措置には
反証の機会も、
異議申し立ての手続きも、
第三者検証も存在しません。

つまり、一度「加害者」の
レッテルを貼られたら
それを剥がす方法がほぼない、
ということです。

バランスを失いかけた社会で

彼は社会の変化を振り子に例えます。

「昔は、男性の立場が強く、
女性の権利が抑えられていた時代がありました。
でもその反動として、
いまは女性=弱者という前提のもと、
一部では現実を無視した
対応が行われています」

「日本初の女性首相の誕生が象徴するように
性別の壁は取り払われつつあります。
けれど、社会全体が冷静に考えないと、
振り子はまた逆の方向に大きく
振れてしまうでしょう」

彼の言葉は、
性別や属性だけで線を引く危うさを
指摘しています。

例えば、令和5年(2023年)の
内閣府男女共同参画局統計では、
配偶者からのDV被害を経験した
女性は27.5%、男性は22.0%です。

配偶者からの被害経験:内閣府男女共同参画局令和6年発表(抜粋)

片方の性だけ支援が必要
という状況ではない
ことが明らかです。

また、令和5年の
厚生労働省・警察庁の統計によると、
DVが原因で自殺者した
女性は12人、男性は81人。
男性被害者は女性被害者の
6.75倍に上ります。

厚生労働省・警察庁(令和5年中における自殺の状況)より抜粋



こうした結果を見ても、制度や政策を
「片方の性を被害者と決めつける」
ことの危うさは明らかです。

守るべきは、性別ではなく、
本当に助けを必要としている人なのです。

わずかな時間に込める愛情

連れ去りから数年――。
ようやく雄一さんは、子どもたちと
再び会えるようになりました。

家庭裁判所の審判を経て、
月に一度の面会交流(現・親子交流)
が認められたのです。

交流は、妻側の要望により
第三者機関のFPIC(エフピック)
(面会交流支援センター)で行われます。

親子でカードゲームをしたり、本を読んだり、
雄一さんの作ったお弁当を一緒に食べたりします。
わずか数時間の再会ですが
すべての瞬間がかけがえのない時間です。
別れの時間、
息子たちが手を振り、
その姿が見えなくなるまで、
彼は見送ります。

FPIC(家族問題情報センター)HP抜粋

日常を奪われた父の記憶

夜、台所に立つと、
残された子ども用の食器が目に入ります。
離乳食を、小さなスプーンで食べさせた日々。
あの時の息子の笑顔がよみがえります。

普通の親子なら当たり前のことが、
『別居している』というだけでできない。
一緒に夕飯を食べることも、
寝る前に絵本を読むことも、
電話で話すことさえも。

雄一さん息子の作品

未来の子どもたちのために、声を上げ続ける父

今、雄一さんは冷静に声を上げ続けています。
SNSでの発信、議員への働きかけ、
同じ境遇の人たちとの対話…。

「DV等支援措置は、
人を守るための制度です。
でも、悪用や誤用を許せば、
守るべき子どもや家族まで
傷つけてしまう」

「未来の子どもたちが、社会を信じて
生きられるように、努力し続けます」

そう話す彼の闘いは、
今日も続いています。

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