きっかけは、一言の「優しさ」だった
「妻は自分の時間がなかなか取れなかったりするんじゃないかな…。少しでもリフレッシュしてもらえたらいいな」
2020年の春、東京都内で暮らしていたヒロシさん（仮名・30代）は、在宅勤務が増えたある日、ふとそう思いました。
当時はコロナ禍（新型コロナウィルスの流行）真っ只中。外出自粛ムードが広がり、家に夫がずっといることに妻もストレスを感じているのではないか――。そんな気遣いから、ヒロシさんはこう声をかけたのです。
「1〜2週間、実家に帰ってきなよ。ゆっくりしておいで」
妻は「えっ、いいの？ありがとう」とうれしそうに笑い、娘を連れて栃木県の実家へと向かうことに。
ところが……まさかそれが、「娘に会えなくなる始まり」になるとは、彼は夢にも思っていませんでした。
「ちょっと帰る」が、「戻らない」にすり替わった
帰省からしばらくは、連絡も取り合っていました。
けれど日が経つごとに、妻の言葉に変化が出てきます。
「コロナが心配だから、もう少しこっちにいたい」
「こっちは安全だし、家族が帰らない方がいいって言ってる」
最初の「リフレッシュのための帰省」という約束は、いつの間にか「別居状態」へとすり替わっていました。
ヒロシさんは焦りを覚えました。
「どうして帰ってこないの？約束は守ってほしい」と問いかけるようになり、やがて夫婦関係はこじれていきます。そして1カ月が経過。ヒロシさんは思いがけず最愛の娘と引き離されたままとなり、抑うつのような症状が現れてしまいます。
「娘に会いたい」それだけだったのに
1カ月以上が経ち、ついに堪えきれなくなったヒロシさんは、妻の実家を訪ねました。
久しぶりに会えた２歳の娘は、変わらず無邪気な笑顔で出迎えてくれました。
しかし数分後、そこに待っていたのは想像もしない状況でした。
「なにやってんだおめえは！」「こっちは東京よりコロナ少ないんだよ！」「その子はおまえの子どもじゃねえ！」
娘を抱きしめていたヒロシさんに、義理の兄が怒鳴りつけてきたのです。
まるで何かのドッキリ番組かと思うような展開。
実は、妻の父はかなり前に他界しており、それ以降兄は「一家のルールは自分が決める」という態度をとっていたそうです。さらに義兄の奥さんまで、「警察呼びましょう！」と不思議なことを言い出す始末。
ヒロシさんは「自分の娘を抱っこして何が悪いの？」と、混乱と悲しみと怒りの中にいました。
わずかな再会、そして再びの別れ
緊迫した空気を避けるため、ヒロシさん・妻・娘の3人はその場を離れ、話し合いをしました。
けれど、妻は「お兄ちゃんには逆らえないの」と目を伏せるような態度で会話はかみ合いません。
「このままだと、また娘に会えなくなるかもしれない」
そう感じたヒロシさんは、思いきって伝えました。
「先に娘と帰るよ。……早く、東京に戻ってきて」
娘と二人、タクシーと電車を乗り継ぎ、東京の自宅へ。
実に1カ月半ぶりに娘と過ごす夜。ヒロシさんは極度の疲労で、心は混乱と安堵が入り混じっていました。
ようやく戻ってきた我が家――
けれど、その時間は長く続きませんでした。
翌日、ピンポンの音とともに現れたのは、妻の家族。そして警察。
あれほどコロナを気にしていたはずの妻の家族が、警察を呼びつつ車で押しかけてきたのです。
妻はヒロシさんに優しい言葉をかけますが、それは娘を取り戻すための方便でした。
結局、妻は娘を抱きかかえ、そのまま連れ戻してしまいます。
そして数日後、妻は弁護士を立て、ヒロシさんとの連絡を一方的に遮断しました。
元気をなくした娘
弁護士を立てた妻からの一方的な断絶を受けて、ヒロシさんもやむなく弁護士を雇うことに。
弁護士の助言を受けて、ヒロシさんは家庭裁判所に「面会交流調停」や「子どもの引き渡し」を申し立てました。目的はただ一つ、娘に、会いたい。
そして3か月後、ようやく「２時間だけ」面会が実現。
そのとき、ヒロシさんは娘の表情を見て驚きました。小さな娘が、とても寂しそうで、悲しそうで…。今まで見たことのないような、暗い顔だったのです。
けれど2時間一緒に過ごすうちに、娘は少しずつ笑顔を取り戻していきました。
その変化を見て「まだ間に合う。この子を救わなければ」
ヒロシさんはそう心に誓います。
親子交流の中で、4歳になった娘が
「一緒に寝たいね」
「一緒に暮らす？」
「パパ大好き！」
と言う、その様子を撮影した動画も裁判所に提出。
それを見た妻側の弁護士は明らかに焦りを見せ、最初の頃は面会の提案をしてきます。
こうして、1～2か月に1回程度ながら、娘に会えるようになります。
裁判所の判断は想像を超えていた
――ところが。数か月後、宇都宮家庭裁判所の女性裁判官は一つの審判を下しました。
それは
「月に1回、写真を送付、以上」
ヒロシさんは言葉を失いました。
親子関係に問題はなく、むしろ良好。
それを一切考慮せず、「今後は会わせない」という内容に、ヒロシさんは愕然としました。
「月に一度」程度の交流すら相手弁護士のそれっぽい言い訳で、踏みにじられる。そんな現実がまかり通っていました。
「月に一度」の交流を叶えるために
裁判官の審判により、再び娘と会えなくなったヒロシさん。
2022年春、妻から申し立てられた「離婚調停」に、彼は弁護士の言う通り、応じることにします。離婚に応じる条件としてひとつだけ提示したのが、「月に一度、娘と交流すること」でした。妻側もこの条件に合意し、FPIC（エフピック）を利用するという制限付きではありましたが、ヒロシさんは「すぐにでも会えるなら」と、その合意を選びました。
FPICを通して、月に1度、5時間ほどの面会が継続されました。 面会のたびに、ヒロシさんは東京から宇都宮まで往復4時間以上をかけて通いました。交通費に加え、FPICには1回1万円（折半のため5,000円）ほどの費用がかかります。けれど、娘と過ごせる数時間のためなら、それくらい全く苦ではありませんでした。こうして、ひろあきさんは娘との関係を再び断たれてしまったのです。
中立のはずが、なぜか“ありがたがれ”と言われる
その面会の中で、FPICの職員からはこのような言葉をかけられます。「お父さんが言うことを聞きなさい。お母さんが譲歩してくれているんだから」「あなたのケースは恵まれてるんですよ。」
……え？ これで娘は“恵まれ”ているの？
本来は中立的な立場であるべき支援機関が、なぜか妻側に肩入れしているような対応に、ヒロシさんは深く傷つきました。
誠実に話し合う”という名の一方通行
そして―― 娘が4歳半になる頃、離婚の和解の中で取り決めていた、「父子の宿泊での交流について父母が誠実に話し合う」という約束を果たす為、ヒロシさんはFPICでの交流期間が終わった後に、元妻にその件で話をしようと試みました。しかし元妻からは「宿泊の交流はしない。嫌だ。何かあるなら弁護士に言って」と適当な態度であしらいました。FPICもあろうことか、元妻を擁護します。こうして、ヒロシさんは娘との関係を再び断たれてしまったのです。
信じがたい“裁判所の対応”
娘との面会が再び途絶えたあとも、ヒロシさんは諦めませんでした。
家庭裁判所に2回目の「面会交流の調停」を申し立てたのです。
そこに現れたのは、別の女性裁判官。
その口から出た“審判”は、耳を疑うものでした。
「お父さんが、FPICに不満を言っているし親子でいくら仲良くても元妻との関係も悪いので、月に一回の写真送付だけにしましょう」
唖然とするしかありませんでした。
まるで飲食店のレビューで低い評価をつけた客を出入り禁止にするような話。支援機関へのフィードバックが「子どもに会えない理由」になるなど、まるでブラックユーモアです。
「施設の不誠実な対応を指摘して元妻が拒否したら、親子の関係がいくら良くても無関係に引き裂かれるなんて。そんな馬鹿な話が通るのか…」それが、ヒロシさんの正直な気持ちでした。
理不尽が“普通”になる場所
「真実」や「常識」は、家庭裁判所の入り口で脱ぎ捨てて入ってください。
……そんな皮肉すら言いたくなる出来事が、これまで何度もありました。
娘を連れ去られて間もないころ。
ヒロシさんは、申し立てたばかりの面会調停を、担当裁判官から5回以上もこう言われていたそうです。
「取り下げてください」
「本当に、取り下げないんですか？」
不倫もしていない。酒もギャンブルもやらない。DV等をしたことも一切ない。全て裁判所で認められたこと。 それでも、「我が子と交流する資格がない」と言われてしまう。
証拠もなく、ただ「母親がいい」と決めつけられ、声を上げることすら許されない。
それは、彼にとって、“暗黒の世界”でした。
「現代の日本に、こんな不条理があるなんて、誰も信じない。だけど、本当にあるんです」そう語るヒロシさんの声には、怒りというよりも、深い悲しみと戸惑いがにじんでいました。
これは「特別な人」の話ではない
彼が経験したことは、決して「特別なケース」ではありません。今この瞬間も、どこかで同じように、会えずに苦しむ親子がいます。しかも、それは「問題のある親」だからではありません。むしろ、ただ子どもを愛しているだけの人たちが、「会えなくなる」のです。
「子どもに会いたい」――たったそれだけの願いが叶わない。これは明らかに“人権問題”です。
知ってほしい。変えるためには「知ること」から。
ヒロシさんは、もう2年以上、娘に会えていません。月に一度、送られてくる写真だけが、娘の成長を知る唯一の手がかりです。
それでも諦めない彼は言います。「まずは、この現実を一人でも多くの人に知ってほしい。知らなければ、何も変わらないから」
親が子を愛し、子が親を慕う――それは、ごく自然で当たり前のことのように思えます。けれど、その「当たり前」が叶わない状況が、今の日本には確かに存在しています。見過ごされがちな現実を、少しだけ立ち止まって知ってみてください。
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